北の社寺めぐり

北海道各地に残り独自の建築技法や歴史を持った
宮大工おすすめの社寺建築を巡り、ご紹介します。

帯広市 永祥寺 対談 第1部 

第1部 活動の出発点

 

 

菅原

本日はお忙しい中、どうもありがとうございます。

織田さんはお寺を通じていろいろな活動をされていますが、

何をきっかけに始められたんでしょうか?

都会だと活動的な方がいて刺激は多いですが、

地方ではそういった活動をする方が少ないじゃないですか。

そして、それをなぜやり続けていられるのかなと。

 

織田

そうですね。それは子供の頃から始まってきていると思うんですね。

私の最初の体験はお寺の息子として生まれ、いつもお寺の会館でお葬式が行われていた。

お寺には何かしら、いつも人がいるような感じでした。

それから時が経ち、私が修行を終えて寺に帰ってきたら、 お葬式がもう行われていないんですよね。

永祥寺に足を運んだことがないという檀家さんがいっぱいいらっしゃる。

それに寂しさを覚えたのが、まず一つです。

そして、この本堂が全く使われていないという現実がありました。

私が帰ってくるまで年に数回しか使われていなかったでそうで。

それでこの本堂を本来のお釈迦様の教えを伝え、

坐禅をする場に整えたいという思いが、 むくむくと湧き上がりました。

 

それから、私自身が合わせて2年7か月の修行をしているんですけれど、

その中で坐禅というものが心も癒してくれ、自分の生き方を正してくれる、

とても理にかなっているものだとわかりました。

しかし帰ってきてみると、当時の十勝では坐禅会自体が珍しく、

一般の方々が坐禅に触れる機会というのがあまりないような状態でした。

それと、帰ってきてみて、改めて自分のお寺の大きさを知りまして。

うちはやらなければいけない所なんだなって感じたわけです。

これだけ(立地的な)場所も恵まれていて、駐車場もたくさんある。

人が集まりやすい環境にあって、それなのに本堂で何もやっていないというのは、

許されることではないと私は思いました。

坐禅というものには、きちんとした実践と教えが備わっています。

ですが、今のお寺ではお葬式しかやっていない。

この現状はいったい何なのだろうかと感じました。

ですから、まず根本にある教えを、ここでやっていかないといけないなと。

それが地域のためになると確信していました。

 

菅原
うんうん。

 

織田

坐禅を伝えることによって、誰かの助けになるということに確信を持っていましたので、

坐禅会を始めることができたんだと思います。

よく、なぜここまで続けられてきているのかと聞かれるんですが、

その思いを持ち続けているからだと思うんです。 

十勝でもって、この仏教というものを正しく知ってもらって、

みなんさんの心を豊かにしたい、というのが出発点にあります。

なので、坐禅会も他の行事をやるにしても根本には人の心は豊かなるだろうか、

ということを第一に考えて取り組みようにしています。

この考え方の順番でやっているので、今もブレないで続けられているんでしょうね。

それとですね、坐禅会には私の講話があるのですが、 皆さんそれを楽しみにしていただいているようで(笑)。

喜んでくださっている、その姿があるので励まされています。

足を運んでくださっている方々の笑顔があるので。だからでしょうね。

菅原

坐禅を実践する事で、具体的にどんなメリットはあるんでしょうか?

 

織田

そうですね。自分と向き合うことですかね。

そして、向き合い続けた結果、こだわるべき自分というものは元々ないんだ、

ということに行き着いて、そうなると気持ちが自然と楽になるはずです。

そういう境地が坐禅の目標到達点だと思っています。

それでもって、曹洞宗では坐禅をして、ただ自分が安らいだ気持ちになって終わるのではいけないんです。

坐禅をして自分が優しい気持ちになり満たされたなら、

その気持ちを持って周りの人に親切をしていきなさい、という教えなんですよね。

それでしたら自己犠牲の教えでもないですし、

自分が満たされたなら同じように周りにも優しくしなさい、ですから。

これは害がないでしょうし、誰もがそうなれば社会が優しくなっていくと思います。

(第2部に続きます)

詳細

所在地 帯広市
名称 永祥寺 対談 第1部 
創建 1903年